Vol.1 後編|デザイン経営とは? デザイン経営を組織にどう根づかせるのか
Design note

デザイン経営に必要な条件や仕組みを整えても、それだけで実践が組織に根づくわけではありません。誰が判断し、誰が実行するのか。経営、事業、技術、デザインの役割をどうつなぐのか。まず、組織として担う体制をつくる必要があります。
さらに、取り組みが短期的な成果だけで評価される。部門を越えて動けない。新しい価値が生まれても、その企業らしい価値として蓄積されない。こうした壁を越えるには、制度を整えるだけでなく、組織の判断や行動、学びの循環まで変えていくことが必要です。
後編では、役割、デザイン経営が止まる理由、ブランドとイノベーションの関係、外部パートナーの活用、そして自社の現在地を把握し、次のアクションにつなげる方法を紹介します。
この記事でわかること
Vol.1 前編|デザイン経営とは? デザインは、本当に経営を動かせるのか
| 結論:経営者、デザイン責任者、事業責任者、実務者が、それぞれ異なる責任を担い、意思決定から実装までをつなぐことで機能する。
デザイン経営を進めるうえで重要なのは、誰か一人にすべてを任せることではありません。
経営者は企業としての意志と判断基準を示し、デザイン責任者は顧客や現場の視点を経営につなぐ。事業責任者は、構想を事業として引き受け、現場は実際に形にして検証する。
それぞれの役割は異なりますが、どこかで責任が途切れると、デザインは経営の議題に届かなかったり、構想だけで実装されなかったりします。
立場 | 意識すべきこと |
|---|---|
経営者 | 企業の意志と優先順位を示す/デザインを経営課題として扱う/デザイン責任者を経営チームに迎え入れる/財務指標だけでなく非財務指標も評価軸に加える、短期成果だけで判断しない |
デザイン責任者(CDO・CXO等) | 顧客や現場の理解を経営判断へつなぐ/経営の意図を、現場が動ける言葉に翻訳する/部門横断のプロセスを設計する/デザインを収益やコストと同じ厳密さで評価する |
事業責任者・中間層 | 事業目標と顧客価値を結びつける/試作や検証の時間、予算、裁量を確保する/構想を事業として判断し、実装まで責任を持つ |
実務者 | 顧客や現場を観察する/仮説を形にして検証する/異なる専門性を持つ人と協働する/学びや小さな成果を可視化し、次の判断につなげる |
デザイン経営では、異なる立場の人が同じ課題を共有し、ともに考えることが必要です。
問題になるのは、最終的に誰が判断するのか、誰が実装を担うのか、どこで経営へ接続するのかが曖昧なままになることです。
■各企業の事例
企業の規模、事業、文化によって、デザインを担う体制は異なります。
企業 | 担い手の置き方 |
|---|---|
ソニー | 1961年設立のデザイン室が、現在はCEO直轄の「クリエイティブセンター」へ発展。プロダクト、UI/UX、コミュニケーション、ブランディングなどへ活動領域を広げ、グループ内外の人、組織、技術を横断的につなぐ「クリエイティブ・ハブ」として位置づけられています。長期ビジョンの構想にもデザイナーが参画 |
マツダ | デザイン本部に統括部門を設置し、デザイナーが主導してブランド戦略に携わる体制を構築 |
note | プロダクトやデザイン組織だけでなく、会社全体のデザイン力を高める目的で、専任のCDOを経営メンバーに配置(2022年時点) |
ヤンマー | デザイナーが取締役として、戦略・商品開発・人材育成まで経営に関与する体制を構築(2022年時点) |
富士フイルム | デザインセンター長(執行役員)のもとに、インハウスデザイナーを擁する組織を設置。2023年開設の拠点「CLAY」は、事業部・研究所・外部機関・アーティストとの協業拠点として機能し、内装から什器まで所属デザイナー自身の手でデザインされている |
マネーフォワード | 各部門のデザイナーが集う会議体を先につくり、そこでの議論を経て後からCDOを配置(2020年時点) |
三井住友銀行 | 2016年にインハウスデザイナーを配置し、約3万人規模の組織に段階的に浸透 |
パナソニック | CDOを置くのではなく、CEO直轄のプロジェクトチームが、Business・Technology・Creativeの3領域の混成メンバーとして各事業部門を伴走支援。実際に未来を構想し意思決定するのは、あくまで各事業部門のメンバー自身という設計 |
経営直下に統括組織を置くのか、CDOという個人に権限を集中させるのか、現場のデザイナー同士の連携から始めるのか、あるいは「権限を集中させず、事業部門自身に構想させ、専門チームは伴走に徹する」のか。自社の規模や文化に合わせて、担い手の置き方そのものを設計する必要があります。
| 結論:デザイン経営が進まない背景には、何に取り組むものか理解されず関心はあっても実践に至らない「認識の壁」、取り組んでも効果を客観的に示せず投資判断が進まない「証明の壁」、そして実践を始めても現場の意思決定に接続されず形骸化する「定着の壁」だ。
デザイン経営の必要性を理解し、責任者や推進組織を置いても、実践が進まない企業は少なくありません。
問題は、デザインの手法を知らないことだけではありません。経営と現場、長期的な価値と短期的な成果、構想と実装の間に残る分断が、取り組みを止めています。
・認識の壁 デザインが、何をするものか共有されていない
デザイン経営は具体的に何に取り組むものなのかが企業に十分理解されておらず、有効性に懐疑的な見方をされることが少なくありません。その状態では、顧客理解、課題設定、事業構想、組織づくりといった領域にデザインを生かす発想が生まれません。デザイナーではない社員も、「自分には関係がない」と距離を置いてしまいます。
必要なのは、「デザイン経営を導入する」と宣言することではなく、自社のどの経営課題に対して、デザインをどのように働かせるのかを具体化することです。
・証明の壁 効果が出るまでの道筋を示せない
3章で見たように、デザインを戦略的に活用する企業ほど、高い財務成果や競争力を示す傾向があります。2018年の宣言以降、全国各地で経済産業局や地方自治体による支援の取り組みが広がっている一方、その効果は客観的に評価しにくく、企業によっては成果が現れるまでに年単位の時間を要することもあるため、デザイン経営を説得力のある形で広く普及することは依然として難しい課題となっています。
関心はあっても、投資判断に踏み切れず実践に至らないケースが多く見られるとされています。
(ソース:https://www.jpo.go.jp/introduction/soshiki/design_keiei/kouka.html)
財務成果とともに、そこへ至る途中の変化を結びつけて評価する必要があります。
例えば、
・顧客や現場への理解が深まった
・意思決定に要する時間が短くなった
・構想を早い段階で試せるようになった
・部門を越えた議論が増えた
・新しい提案や事業の種が生まれた
・定着の壁 制度をつくっても、日常の仕事が変わらない
最も大きな壁は、取り組みを始めても、日々の意思決定や業務に接続されないことです。
・経営層が号令をかけるだけで、現場の評価制度や業務フローが変わらない
・デザインが「センス」の問題だと誤解され、事業部門が自分ごととして捉えない
・短期的な売上効果を求めすぎて、途中で取り組みが打ち切られる
・「失敗しながら試す」プロトタイプ文化が根付いておらず、最初から完璧を求めてしまう
・「わかったつもり」で止まる:概念は理解しても、具体的な行動に落とし込めない
・KPI設定の難しさ:定性的な価値をどう定量化するかで足踏みする
・経営層とのコミュニケーションギャップ:McKinseyの調査では、経営層の5%未満しか客観的にデザインの意思決定ができないと回答している
・部門間の壁:デザインが中間管理職に留まり、経営の議題に上がらない
・ブランディングの議論不足:イノベーション創出への関心に比べて、ブランディングの視点からの議論が手薄になりがちである(詳細は7章)
こうした課題を踏まえ、特許庁の最新調査では、デザイン経営が企業内部に非財務的な変化を起こし、それが企業の持続力向上につながるプロセスを「効果発現モデル」として体系化する試みも進められています。
トップの号令だけでは現場は変わらず、実際に手を動かし、小さく試し、その成功体験を積み重ねる場が必要になります。
これを支えるのが、「失敗を前提に、小さく試し、何を学んだかを共有し、次の判断へ活かす」という組織文化です。号令や制度をいくら整えても、この文化がなければ、デザイン経営は形だけのものになります。

| 結論:イノベーションは新しい価値を生み出し、ブランドはその価値を企業の意志と結びつけ、独自性として蓄積する。者が循環することで、新たな挑戦が一過性の取り組みで終わらず、企業の持続的な競争力につながっていく。
「デザイン経営宣言」では、企業の競争力を高めるための柱として、「ブランド力の向上」と「イノベーション力の向上」の2つを挙げています。
イノベーションは、顧客や社会の変化を捉え、新しい商品、サービス、事業を生み出すこと。ブランドは、企業が大切にする価値を明確にし、それを商品、サービス、体験、社員の行動を通じて一貫して示すことです。
デザイン経営というと、新規事業創出や新商品開発といった売上に直結するイノベーションばかりに注目が集まりがちですが、新しい価値を生み出すことと、それを「その企業だからこそ提供できる価値」として根づかせることは、切り離せません。
イノベーション | ブランド |
|---|---|
顧客や社会の変化から、新しい価値を生み出す | 何を自社らしい価値として提供するか、方向を与える |
新しい商品、サービス、事業として形にする | 企業の意志と結びつけ、独自性として定着させる |
次の成長機会を生み出す | 顧客や社員との信頼を蓄積し、次の挑戦を支える |
新しいものを生み出すだけでは、その企業らしい価値として残りません。企業の意志と結びつき、商品、サービス、社員の行動、顧客体験に一貫して表れることで、イノベーションはブランドになり、ブランドは次の挑戦を支える土台になります。
■ブランドは、組織の内側から始まる
ブランドを育てるには、社員一人ひとりが、企業が大切にする価値を理解し、自分の仕事と結びつけられている必要があります。(ブランドについては、別コラムで紹介予定)
経営、事業、開発、営業など、立場が異なっても、
・この会社は何を大切にするのか
・顧客にどのような価値を提供したいのか
・何を変え、何を変えずに守るのか
・迷ったとき、何を基準に判断するのか
という根本的な認識が共有されていることが重要です。
この共通認識があれば、社員は細かな指示を待たず、それぞれの現場で企業らしい判断ができるようになります。ブランドは、外向けの表現であると同時に、組織の意思決定を支える内側の基盤でもあります。
| 結論:社内にデザイナーやCDOがいなくても、デザイン経営は始められる。外部パートナーを、内製化までの「触媒」として活用するという発想が現実的な近道になる。
デザイン経営は、「デザイナーを1人採用すれば完了」というものではありません。デザインの視点を組織に根づかせ、体制を整え、人材を採用・育成していく継続的な取り組みです。その実践において、企業が最も苦労するのは自社の経営課題や事業に置き換え、具体的な行動へ移すことです。
社内にゼロからその体制をつくるより、まず外部のデザインパートナーとともに、小さな実践をはじめ、そこで得た知見や方法を段階的に社内へ移していくことが有効です。
外部のデザインパートナーの役割は、組織にとっての最初の起爆剤として、経営の上流から議論に加わり、組織に眠る課題を言語化し、具体的なプロジェクトとして動かすこと。そして、その実践を通じて、社内の理解と推進力を育てていくことです。
外部のデザインパートナーは、次のような役割を担います。
・経営の意志を引き出す: 経営者が持つ問題意識や将来像、企業として大切にしたい価値を、対話を通じて明らかにします。
・社内では見えにくい課題を捉える: 組織の前提や慣習から距離を置いた第三者として、社内では当たり前になっている違和感や強み、部門間の認識のずれを発見します。
・異なる立場や部門をつなぐ: 経営、事業、技術、営業、デザインなど、異なる言葉や判断基準を持つ人の間に入り、共通の課題と議論の対象をつくります。
・構想を検証できる形にする: 構想をプロダクト、サービス、ブランド、業務の仕組みなどの具体的な形にし、顧客や関係者と議論・検証できる状態まで進めます。
・成果までの道筋を可視化する: 売上や利益だけでなく、顧客理解、意思決定、部門間の連携、ブランドへの共感など、成果へ至る途中の変化を整理し、経営が判断できる形で示します。
・プロセスと判断基準を組織に残す: プロジェクトで得た知識や経験、判断の背景を共有し、社内の次の実践に生かせる状態をつくります。
すべてを内製化することが唯一のゴールではありません。専門性の高い領域は外部と継続的に協働しながら、企業自身が課題を捉え、判断し、実践を主導できる状態をつくることが目指す姿です。
| 結論:デザイン経営を実践するには、制度や専門組織の有無だけでなく、企業の意志が社員一人ひとりの判断や行動と結びつき、試行と学習が循環しているかを捉える必要がある。5Framesは、その現在地を組織全体で確認し、次の行動を考えるためのフレームワークである。
デザイン経営について、「なぜ必要か」「何をすべきか」までは整理できても、自社のどこから手をつけるべきかは、企業によって異なります。
企業が目指す方向そのものが曖昧なのか。方向は示されていても、現場の仕事と結びついていないのか。アイデアは生まれても、判断や実行の仕組みがないのか。試行はしていても、学びが組織に蓄積されていないのか。
まず、自社のどこで循環が止まっているのかを捉える必要があります。
hyph.が野村総合研究所(NRI)と共同で開発した「5Frames」は、企業の意志、個人の行動、意思決定、試行と成長の関係を、5つの観点と、それに紐づく30の要素から捉えるフレームワークで、自社の現在地を把握し、具体的な行動へ移すためのきっかけをつくります。
■5つの要素(5Frames)
これからの経営に必要な要素を、次の5つのフレームとそれに紐づく30の要素として整理しています。
フレーム | 内容 |
|---|---|
1. Story(会社意思先鋭) | 組織としての意志、目指す方向性が示せている |
2. Link(会社個人結付) | 個人が組織の意思を内製化(自分ごと化)できている |
3. Will(個人意思行動) | 個人が自ら行動することを促す環境づくりができている |
4. Judge(的確見極判断) | 適時適切なタイミングで組織・個人が意思決定できている |
5. Growth(変化試行成長) | 取り組みを繰り返し、失敗から学びを得ながら改善や成長につなげている |
企業の意志であるStoryが、個人の仕事とLinkし、一人ひとりのWillを引き出す。その行動を支えるJudgeがあり、試行から得た学びがGrowthにつながる。その学びが、次のStoryや行動を更新していきます。
同じ組織でも、経営者と現場、部門と部門では、現在地の見え方が異なることがあります。
経営層は「方向性を十分に伝えている」と考えていても、現場は「自分の仕事とどうつながるのかわからない」と感じている。現場は「新しい提案をしている」と考えていても、経営側には判断に必要な情報が届いていない。
こうした認識の違いを可視化し、対話の入口をつくることが、5Framesの重要な役割です。

■先進企業の実践例
5Framesでは、各要素を実践している企業の取り組みを参照しながら、自社の現状を評価できるように設計されています。
フレーム | 実践企業の例 |
|---|---|
Story | ソニー:パーパス「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」を基軸に、ビジュアルやキーワードでステークホルダーに共感を持たせる表現を徹底。ヤマハ発動機:「ART for Human Possibilities」というビジョンを掲げ、感動創造企業というらしさを社内に広げている |
Link | リクルート:新規事業提案制度「Ring」を通じて、個人が感じる「不」を自分ごととして事業化するモデルを持つ。オムロン:グローバルな「TOGA活動」で、個人の企業理念の実践を社員全員が称え合う場を毎年設けている |
Will | サイバーエージェント:「会社を楽しもう」という社内スローガンのもと、個人が会社を使って楽しむ考え方を定着させている。3M:「15%カルチャー」として、勤務時間の15%を自分自身のプロジェクトに使うことを奨励している |
Judge | キーエンス:顧客の現場観察を重視し、要求ではなく「真の顧客ニーズ」を洞察する仕組みを持つ。ソニー:営業キャッシュフローを基準に社員自身が判断して動く、権限委譲型の経営を推進している |
Growth | サイバーエージェント:まずモックアップをつくって議論する進め方が定着し、数字だけでなく実際に触った感触を重視している。コニカミノルタ:企画からローンチまでを8週間前後で回す「KM流MVaP」メソッドで、小さく早く積み重ねるアプローチを浸透させている |
デザイン経営が「わかったつもりで止まる」という6章で触れた課題に対して、こうした診断・対話のためのツールを持っていることが、外部パートナーとしての具体的な価値の一つだと考えています。
■デザインを、組織が自ら動く力へ
本記事で見てきたように、デザイン経営には、すべての企業に共通する完成形があるわけではありません。
経営チームにデザイン責任者を置くことも、専門組織をつくることも、それ自体が目的ではないからです。
大切なのは、企業が何を大切にし、どの未来を選ぶのかを問い続けること。顧客や現場で起きていることを経営判断につなぎ、異なる専門性を持つ人がともに構想し、試しながら、新しい価値を形にしていくことです。
そして、その実践を一度きりのプロジェクトで終わらせず、組織の判断、行動、学びとして蓄積していくことです。
デザインを、成果物をつくるためだけの技術から、経営・事業・組織を動かす力へ。
その転換は、大きな制度改革から始まるとは限りません。自社の現在地を知り、一つの問いを立て、実際に小さく試してみることから始まります。